2017年7月23日日曜日

議事メモ「群馬県大泉町における多文化共生社会の取り組みについて」 岩瀬 寿夫さん(2017.7.22)

722日の人環SCDは「群馬県大泉町における多文化共生社会の取り組み」をテーマに人間環境学部社会人学生の岩瀬さんにお話をしていただきました。
場所:市ヶ谷キャンパス BT24階人環資料室

話し手
人間環境学部3年 岩瀬寿夫さん
 岩瀬さんは2年前に群馬県大泉町を定年退職され、現在は人間環境学部に在学中の社会人学生です。
最終職場では総務部長を務められていましたが、それ以前の多くは広報と企画に所属し、様々な課題に取り組まれていました。

群馬県大泉町ってどんな町
・群馬県で一番小さい町でありゴルフ場や工業団地がある。工業団地にある主な企業は富士重工業、味の素冷凍食品、パナソニック、ハナマルキ等。総人口における外国人登録者数は16.6%と高い割合となっている。

なんで外国人が多いか
・製造品出荷額が県下市町村中全国で4位と製造業が盛んであり、労働力不足から外国人労働者を受け入れてきた。当初は不法就労外国人を雇用していたが、1989年の入管法改正と同時に日系ブラジル人を現地ブラジルから直接雇用する流れを行政が主体で作った。
直接雇用にあたっては地元の政治家に調整を依頼。大泉町では住居・家具など生活必需品をすべて揃えた。

大泉町の取り組み
①正しい情報を正しく伝える
通訳やポルトガル語の広報誌を配備。他にも日本人向け広報誌でブラジル特集を組み日本人が隣人となった外国人の背景に親しみ、理解できるように。また、ポルトガル語で日本語を教える日本語学級を小学校で開始(全国初) その後、日本語指導助手を展開。

②顔の見える関係づくり
行政と外国人町民での通訳を交えての懇談会や地域の防災講座、日本のマナー講座など。イベントを通じて相互理解が進んでいった。

③お互いに助け合う
東日本大震災時広報車による2か国語PR。日本語を読めない人も多くいる中でどのように正しい情報を伝えていくかがカギとなった。しかし、外国人アンケート調査では8割以上の方が被災者や被災地に向けて何らかの支援をしたと回答していた。

支援される立場から支援する立場へ
東日本大震災の支援活動に協力的な外国人たち。炊き出し・被災地の方を夕食に招待するなど支援活動へは積極的に参加していた。外国人は災害弱者と思われがちだが、正しい情報が得られさえすれば「要援護者」ではない。

■質問と感想とまとめ
Q入管法改正と同時にブラジルからの直接雇用を開始したがなぜブラジルだったのか?
-日系人社会で一番大きな国だったため一番効率的だった。
Q素行の悪い外国人は採用されないのでは?
-大手企業ではないところなら働き口は多い。
Q外国人を迎えいれる時に家や必需品などハード面の整備とともに、行政が主体的に行政サービス等のきめ細やかな支援ができたのはなぜか?
-当時の町のトップ2人の人柄。町長と副町長が「同じ人間としてならわかるよな?」と外国人との関係に分け隔てのない接し方をした。ヒューマニズムという言葉で表現していた。

当時 不法就労者のニュースが出るたび、町長は苦々しい思いをしていた。合法的に外国人を雇用するにあたり手厚く「町民」としてお迎えする必要があった。それが出来ていなかったら今の成功はなく社会的亀裂を生み失敗例として全国に広がっていただろうとの話。

最後に、岩瀬さんはこの町が好きで今後もこの町がどういうふうに変化していくか関心があると話されていた。岩瀬さんのご活躍を全て紹介できていないが、どれも必要なサービスを的確にとらえ、実行までのスピードが速い。そして人として正しく温かい心が感じられるものだった。